警官襲撃事件について

中学三年生による警官刺傷事件(重傷を負われながらも犯人を取り押さえ、的確な処置を施された警察官の方のプロ魂には頭が下がる思いである)が世間を騒がしているが、またぞろマスゴミによる見当違いなオタク趣味叩きが目立つので、一言苦言を呈しておく。

  • オタク趣味と犯罪との因果関係について

もし仮に犯罪者の中に、ゲーム、アニメ、モデルガン・エアガン収集などのオタク趣味を持つものが多数を占めていたとしても(実際はごく少数であろうが)、(1)それらの趣味が加害者の犯罪傾向を助長するものであるのか、(2)もともと犯罪指向を有する者がそれらの趣味を好むことが多いのかが判別できない以上、趣味と犯罪との間の因果関係の有無は明らかでなく、当該趣味に対する批判の論議は無意味である。無論もし前者であることが研究により明らかとなった場合には規制の論議はやむを得ない。

  • マスコミの報道の意図について

自らの価値観に馴染まないものに対して、それが事件に対する因果関係を持つか否か定かでないのに、非難的言動を差し向けるのは、凡そ合理的人間のとる行動とは程遠い。『批評家は自らの「好き嫌い」を「是非曲直」のオブラートに包んで差し出すところのインチキ薬剤師である。人が掴まされるのは―中味は要するに彼の「好き嫌い」にすぎない。』とは林達夫氏の言であるが、まさにかくの如しであろう(自分の今回のblogの意見も実は「マスコミ嫌い」の形を変えたものであるw)。ワイドショーのコメンテーター達の「オタク趣味に耽ることが犯罪への指向を助長するに違いない」との主張は、実際は「自分はオタク趣味が嫌いである」いう個人的な意見を形を変えて述べているにすぎない。公共電波を使ってこのような下らない主張を視聴者に垂れ流すことに何らかの意義があるとでもいうのだろうか。恐らくは(1)中学生が凶行に走るのには何らかの原因が必要だが、それが最も目に見える分かりやすい形で現れている(ように見える)ので、それに飛びついた。(2)オタク趣味に対する視聴者の潜在的嫌悪感を利用しての視聴率稼ぎ、というところではないだろうか。(1)に関しては、自らの調査力・分析力不足を露呈するもので、検証を省いた拙速な報道を恥じるべきだし、(2)に関しては毎度毎度よく飽きませんねと申し上げたい。あの「ゲーム脳」騒動でまだ懲りていないのだろうか。社会的に立場の弱いものを徹底的に叩くさまを見るにつけ、今の「弱きを挫き、強きを助く」報道の姿勢に本当に嫌気がさす。マスコミは自らが「社会的弱者の味方」であると自負しているようだが、自らの存在が他者を用意に圧迫しうる「社会的強者」の立場にあることを理解しているのだろうか。

事件の原因についての一考察

今回の中学生の犯行の元凶は(最近の少年犯罪の多くにも言えることだが)、「想像力」の欠如ではないかと思う。誰しも、現実に行えば犯罪となるような行動を行う空想をしたことは一度ならずあるだろう。しかし、それを実際に実行に移す人はいないはずだ。その行動を現実に起こすことによりその後生じる悲惨な状況が、皆ある程度正確に想像・認識できるからである(この「悲惨な状況」には、逮捕されて社会的底辺に転落する以外にも、たとえば殺人・傷害系の行動の場合には、加害に及んだ相手の状況も含まれる。アメリカでの銃の被害者の写真などを一度でも見れば、実銃を手に入れて人を撃ってみたいなどという空想は一発でふっとんでしまうこと請け合いである。漫画や映画のように人は綺麗に死ねないのである。)。人の反社会的な行動を「直接に」規制するのは、法律でも社会的評価でもなく、人の「想像力」である(もっとも、自分の人生にさしたる価値をおかない「自暴自棄型」や「厭世型」の犯罪者の場合にはこの限りでない。彼らを反社会的行動に駆り立てることを防ぐのは不可能である)。
今回の中学生の犯行を見るに、彼の現在の供述を信じるのであれば、まさに「想像力」の欠如が顕著に見られる。「銃が欲しい」という思考と「警官を襲撃する」という行動の間には、普通は想像力による大きな壁が存在するのだが、そこがすっぽりと抜け落ち、襲撃という目的に対しての綿密(?)な計画に一気にワープしてしまっている。頭の中での妄想(妄想は現実からのフィードバックがなされる想像と違い、非現実的な空想であるものとここでは定義する)が修正を経ないまま暴走しているのである。こういった妄想は普通は日々の暮らしの中で修正されるものだが、彼の場合には家族との接触を避けて自らのプライベートスペースに入り浸ることで妄想を大きく育ててしまったのであろう。恐らくはそこが今回の最大の問題点である。共同生活を営む中で、空想がちな子供に現実的な想像力を養わせていくべき家族関係がこの家庭には不在だったのが今回の事件の大きな要因であると私は考える。もし仮に「実銃を手に入れたい」という考えがモデルガン趣味に端を発しているとしても、家族関係やその他それに準ずる人間関係を通して普通の想像力が十分に養われた少年であれば、実行に移すまでには到底至らないものであり、モデルガンに対して焦点を当てた捜査・報道は全くのピント外れであると思う。